第98話「からんころん、からん」百物語2013目次
語り:わたくし◆O0RKwPn0UQR0
- 312 :代理投稿 ◆YJf7AjT32aOX:2013/08/24(土) 06:55:53.36 ID:hqzLBEKk0
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【第九十八話】わたくし◆O0RKwPn0UQR0様
『からんころん、からん』
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下駄の音といいますと、若い方は、この、夏祭りを思い浮かべるそうでございますね
花火大会やなんかでもって、若い恋人同士が、浴衣でチャーンチャーンって、ね、可愛いもんです
ま、あの、下駄履きに、こう……ねェ、爪に色塗って歩くのは、んン、似合いませんが
この、下駄の中には、PTAなんかがうるさそうな、ぽっくり、という名前の物があります
ぅう、その、船のオモチャみてェな、台形の短い方を下にしたような下駄でございますな
昔は高級品だったようですが、今では、お祝い事なんかでも使われている、ま、可愛い下駄ですよ
あとァ……ああ、そうそう、あの、ゲゲゲの鬼太郎なんかもそうですね
あれは駒下駄ですか、下駄って言ったら「あれかっ」ってなもんで、一発で分かりますからね
下駄っていう形してますよ、あれは、ねェ、駒下駄、駒下駄……んン、下駄ですな
足から飛ばせばお天気も占えます、飛ばして失くして、ね、家に帰ったら雷ですから、ううン
さて、
わたくしの郷里には、いまもって下駄をつっかけて暮らしておられるご長老方が居ります
その方達は、ぅう、ご老人の癖みたいなものでしょうか、色々なお話をして下さいました
……昔々、ある晩の事、お爺さんが母に言われてお使いに出たそうです
何か宴会でもやっていたんでしょうか、足りなくなったお酒を、買いに行ったってンですね
昔も昔、百物語に集まった方々が影も形も無いような昔の事ですから、のんびりしてますなァ
それだけ昔となりますと、もう、舗装がどうの、電気がどうのは無かったンでございます
ひたすら真暗な道を下りて、下りて、また下りて、ようやく酒店について、今度は戻るわけです
- 313 :代理投稿 ◆YJf7AjT32aOX:2013/08/24(土) 06:56:32.90 ID:hqzLBEKk0
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ぇえ、ですが、来るときは何となァく見えていた道が、不思議と見えなくなってきた
なんだァ、って上を見てみると月が隠れていて……ついでに雨まで降り出してきたから大変です
土の地面ですから、光という光をほとんど吸収しちゃって、何も見えないンですな
夜中に雨が降ってしまったら、もう、いけません、何がどこで、どこで何かなんて分かったもんじゃない
さて困った、早く持ってかないとな、なんて、しょぼくれていると、
「からん、ころん……からんころん……」
下駄の音がした、それがどうも、自分が元来た道から聞こえてくるらしい
「あ、人が来た!」
ってんで、その、隣近所のお付き合いが盛んな時代でしたから、
ちょっと近付いてみて、ね、知り合いだったら一緒に歩ってこうってンですね
下駄の音を頼りに、真っ暗闇を進むます
ですが、どうも下駄の音に追いつけない、先に、先に、ちょっと小走りになると、もっと先へ
なんとも小馬鹿にされたような、まるで追いかけっこだった、と言っておりましたが
たまァに、チラッ、チラッ、と地面のあたりを滑るように赤い下駄が見えたそうでございます
さて、暫くそうやっていると、
「ちぃ坊、ちぃ坊……」
不意に呼ぶ声がした、彼は末っ子でしたから、小さい坊主、ちぃ坊って呼ばれていたそうです
「ちぃ坊、ちぃ坊……」
声が向こうから聞こえてくる、と、
「からん、ころん……からんころん……」
下駄の音も向こうに歩いていくもんだから、
「ねえちゃーん、ここだよーゥ」
大声を張上げたってんですね、自分を呼んでいたのは、彼のお姉さんだったようでございますな
- 314 :代理投稿 ◆YJf7AjT32aOX:2013/08/24(土) 06:57:13.13 ID:hqzLBEKk0
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「ちぃ坊、こっちだよ」
「ねえちゃん、どこだよーゥ」
「こっちだよ、こっち」
声はすれども、下駄の音が聞こえども、なかなかお姉さんの姿が見えない
はて、おかしいな、でも声がするしな、あっちかな、こっちかな……お爺さんは声を頼りに歩いてみる
「ちぃ坊、こっちだよ、うん、まっすぐおいで」
下駄の音と、お姉さんの声に導かれて、するすると道を進んでいくと、
「あッ」
家の明かりが見えてきたってンで、後はもう知れた事、タターッと駆け上がってお家に帰れた訳です
お家では彼の事を心配していて、今まさに彼の父が出ようというところだったそうで、
「あ、ちぃ坊か、お前、よく無事に帰って来たなァ、道ィ見えなかったろ」
「うん、見えなかったよ、でも、ねえちゃんが案内してくれたんだ」
返事をするってェと、
「ねえちゃん、って、どこのねえちゃんだい」
「おかしな事聞いてらァ、ねえちゃんって言ったら、あたいの姉ちゃんに決まってるだろ」
彼の父は何か言ったような、言わなかったような、不思議な顔をしていたそうです
「で、ねえちゃん、どこに居るの、父ちゃん」
堪らずに父も母も、また集まっていた村の男衆も、ふ、と鼻を啜ったてンですね
「俺の姉さんはな、もう、とっくの前に死んでいたんだよ」
と、お爺さんは締めくくりしました
お姉さんは、女一人男四人の兄弟の中では二番目でしたが、末のお爺さんを特に可愛がっていたそうです
そして嫁入りが決まり、準備も済ませて、後は嫁ぐだけ、と……その時に亡くなったンでございますな
何故亡くなったかは存じません、聞きもしませんでしたし、また、語られてもおりませんから
ただ、嫁入りの、塗り下駄の赤いぽっくりは、死の間際まで、大切にしていたと、教えて、頂きました
【了】