第97話「狐の嫁入り」百物語2013目次

語り:葛 ◆PJg/T8DlUQ
310 :葛 ◆PJg/T8DlUQ:2013/08/24(土) 06:53:04.20 ID:LMkZGz9sO
【第九十七話】
「狐の嫁入り」

仕事で山へ入った時、朽ちかけた林道の先で小さなお堂を見つけた
そういったものに目が無い自分は、腐りかけた賽銭箱に500円玉を放り込み、手を合わせてお参りした
1日仕事をし、さて降りるかとなった時、急に空が曇り始めた
分厚い雲で陽は翳り、遂には足元さえ見えないほどになった
程なくして叩きつけるような大粒の雨が降り出し、ほうほうの体でお堂まで辿り着いた
夕立と違い、すぐ止みそうに無い低く垂れ込めた空を恨めしげに見上げていると、不意に傍らから声が響いた

「もうし、もうし。そこのお方。キラキラ光るものを持っちゃおらんせんか、キラキラ光るものを持っちゃおらんせんか」
見ると、一匹の狐が二本足で立ち、器用に前足をすり合わせていた
これはきっと夢だな。そう思っていると、狐は賽銭箱を手で指した
「あの箱に入れた、キラキラ光るものです、キラキラ光るものです」
言われて財布を取り出し、50円玉と100円玉、それと1枚だけ新しい10円玉を差し出すと、狐は押しいただくように受け取った
紙幣を見せたが、それには狐は首を振る
「キラキラ光るものを何に使うの?」
好奇心の赴くままに尋ねると、狐は少し得意そうにピンと髭を伸ばした
「今日はうちの娘の嫁入りです。今日はうちの娘の嫁入りです。キラキラ光るものを簪に飾ってやるのです」
「ご祝儀にしては少ないなあ…そうだ。小銭では簪に飾りにくいだろうから…」
携帯のストラップのトンボ玉を渡すと、狐はぺこりと頭を下げて去っていった
茂みに隠れる直前、思い出したように狐が振り向く
「そうそう。雨はまだ降りますが、もうじき晴れますよ」
狐が去ってすぐに、あれだけ分厚かった雲が切れ、陽が射し始めた
本音を言えば止むまで待ちたかったが、狐も雨はまだ降ると言っていたので、諦めてお堂を出て林道を下る

人里まで降りて、それにしても奇妙な夢だった、と苦笑して財布を見ると、いつの間にやら小銭入れに木の葉が何枚も入っていた
それを頭に乗せて変身出来ないか試してみたのは内緒の話