第14話「行進」百物語2013目次

語り:妖場K ◆ws148WRg2A
52 :代理投稿 ◆nqnJikEPbM.8:2013/08/23(金) 22:19:40.88 ID:1Ytbuggr0
【第十四話】 妖場K ◆ws148WRg2A 様  『行進』

(1/3)

「山は怖いよ。」
そう語る叔父は、数年前まで車がなければ何処へも行けない程の田舎に住んでいた。
特に、職場から自宅までは山を越える必要があった。

冬のことだ。
いつものように帰宅する途中、山道を車で走っていた。雪が散らつきはじめていて、辺りももう薄暗い。
積もる前に、と急ぎ始めた矢先、急に車が止まってしまった。
何度かキーを回してみるものの、エンジンが掛からない。
後部座席に転がしていた懐中電灯を手に取ると、叔父は車外へ出た。

まずは工具が先かな。
工具はトランクに積んである。車の後方をライトで照らした。
ふと、道路の先に何か動くものが見えた。
誰かいるのだろうか。
影の見えた辺りにライトを向ける。

赤ん坊であった。
裸の赤ん坊が、こちらにハイハイで向かって来ていたのだ。
驚いて思わず懐中電灯を落としてしまう。
転がった懐中電灯が、その赤ん坊の更に後方を照らした。

何十、何百という裸の赤ん坊が列を成すようにして続いていた。それが、わらわらと叔父の方に向かってくるのである。
その余りに異様な光景に、慌てて車内に逃げ込んだ。震える手で、ロックを掛ける。キーを回す。エンジンはまだ掛からない。


53 :KMT ◆nqnJikEPbM.8:2013/08/23(金) 22:21:02.17 ID:1Ytbuggr0
(2/3)

おんぎゃー、おんぎゃー。
無数の赤ん坊の泣き声。
そして、
ぺた、ぺた、ぺた、ぺた。
四方から音がする。

窓の外に、たくさんの赤ん坊が張り付いていた。
うるさい程泣き声がこだましているのに、なぜかその顔は皆笑顔だ。

ぺたぺたぺたぺた、どんどんどんどん、おんぎゃー、おんぎゃー。
赤ん坊が這い回る音が、車の上を歩く音が、泣き声が、叔父を取り囲む。

目が、合った。


54 :KMT ◆nqnJikEPbM.8:2013/08/23(金) 22:22:16.15 ID:1Ytbuggr0
(3/3)

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
完全にパニックになって、無茶苦茶に手を振り回した。
と、何かが指に絡み付いて落ちた。
お守りだ。
交通安全のお守りをバックミラーの下に付けていたのだが、手を振り回した拍子に外れたらしい。
すがるような気持ちでそのお守りを握り締めた。

「来るな、来るな来るな。波阿弥陀仏波阿弥陀仏……」
座席の下に潜り込んで、目を閉じて必死で念仏を唱え続けた。

それからどのくらいの時間が経ったのだろうか。
余りにも帰りが遅いことを心配した家族が迎えに行き、雪に埋もれた叔父の車を発見した。
叔父はいつの間にか気を失っていたらしい。
「赤ん坊が……」
叔父はうわ言の様に繰り返したが、もちろん赤ん坊など一人もいなかったし、車も異常なく動いた。
ただ一つ、降り積もった雪の上に何者かが這いずり廻った様な跡が残っており、それは遠く山の中の方へとずっと続いて消えていた。

【了】